かまぼこの知識

■ かまぼこの歴史

かまぼこのはじまり

かまぼこの歴史をひもといていくと時代は平安のころ。当時の関白右大臣の祝膳に出されたことが文献に残っています。
すりつぶした魚肉を竹の管に塗りつけて焼いた、その形が蒲(ガマ)の穂に似ていたことから「かまぼこ(蒲鉾)」と呼ばれるようになったといいます。


「かまぼこ」と「ちくわ」

現在のような板付きのものは、室町時代につくられるようになったようです。いつしか、この板付きのものが「かまぼこ」と呼ばれるようになり、もともとあった古くからのものは切り口が竹の輪に似ていることから「ちくわ(竹輪)」と名づけられ、どちらも、そのおいしさからどんどん人々に広まっていきました。


11月15日はかまぼこの日!

平安時代の古文書にある「永久3年、関白右大臣東三條へ移御のとき」の祝宴の膳の図に「かまぼこ」が載っています。この、かまぼこが登場する最古の文献の永久3年が西暦1115年にあたることにちなんで、11月15日をかまぼこの日と制定しました。
また11月15日といえば七五三。そのお祝い料理にしばしば紅白のかまぼこが用意されることも11月15日をかまぼこの日としたことと無縁ではありません。

補足説明

平安時代
794年-1185年/1192年頃

関白
天皇に代わり政務を見る職

右大臣
朝廷の最高機関、太政官の職の一つ

藤原忠実(ふじわら の ただざね)
平安時代後期から末期の公卿
藤原師通の長男

室町時代
1336年〜1573年

類聚雑要抄(るいじゅうざつようしょう)
平安時代に発行された古文書。天皇、関白、大臣、公卿、とそれぞれの膳が順に描かれている。饗宴の際の饗饌(もてなしの膳)や寝殿の内部とその調度などを彩色によって詳細に描いている。平安時代末期の有職故実研究の重要な資料。

東三條殿(ひがしさんじょうどの)
平安時代に平安京左京3条3坊1町及び2町(二条大路南西洞院大路東)の南北2町に跨って建てられた邸宅。

移御(いぎょ)
天皇・上皇・皇后などが他所へ移ること。〈渡り坐し〉からきたといわれ,古くは貴人の転居をさしたもので,移徙とも記される。


■ 練り製品の栄養

練り製品の栄養

★たんぱく質

たんぱく質はアミノ酸が鎖状につながってできており、そのつながり方は食品によって違います。アミノ酸は約20種類あり、このうち体内で合成できない9種類を必須アミノ酸といい、この必須アミノ酸をバランス良く含んでいるものが良質たんぱく質と言われています。かまぼこ製品は必須アミノ酸のバランスが良く、必須アミノ酸が一部不足しているご飯や麺類、大豆なども、かまぼこ製品と組み合わせることでおのおのの不足が補給できると言われています。

★カルシウム

日本人は不足しがちな栄養素ですが、さつま揚やつみれにはカルシウムが比較的多く含まれていると言われています。成長期の子供はもちろん、全ての年代において欠かせない栄養素です。

★脂肪

脂肪を構成する脂肪酸には3種類ありますが、いわしやさばなどの青魚を原料としたかまぼこ製品にはDHAやEPAが含まれています。DHAは集中力を高めたりと頭を良くする成分として、EPAは動脈硬化を防いで血液をサラサラにする効果があると言われています。


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